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Bloch の定理 part 1 問題設定と主張

というわけで最初はバンド理論の基礎となる Bloch の定理について書きます 全部で3回くらいになる気がします

全パートのリンク:TBD

Bloch の定理

結晶中の電子系を考える.(一電子近似の)ハミルトニアン $ \hat{H} $ は

\begin{equation} \hat{H}=-\frac{\hbar}{2m} \nabla^ 2 +V(\hat{\boldsymbol{r}}) \end{equation}

$ m $ は電子の(有効)質量, $ V(\boldsymbol{r}) $ は(一電子近似の)結晶の周期ポテンシャルで, 結晶の基本ベクトル $ \boldsymbol{a} _ 1, \boldsymbol{a} _ 2, \boldsymbol{a} _ 3 $ の線形結合からなるベクトル $ \boldsymbol{R} $ に対して

\begin{equation} V(\boldsymbol{r}+\boldsymbol{R})= V(\boldsymbol{r}) \end{equation}

を満たす.

このとき,波動関数は第一 Brillouin ゾーン内の $ \boldsymbol{k} $ というベクトルでグループ分けされ, 各 $ \boldsymbol{k} $ のグループに属する波動関数 $ \psi _ \boldsymbol{k}(\boldsymbol{r}) $ は次を満たす;

\begin{equation} \psi _ \boldsymbol{k}(\boldsymbol{r}+\boldsymbol{R}) = \mathrm{e}^ {\mathrm{i}\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}}\psi _ \boldsymbol{k}(\boldsymbol{r}) \end{equation}

一電子近似

かっこ付きで「有効質量」「一電子近似」という言葉を使いました.

結晶中の電子系は本来多体問題なので,多体のハミルトニアン

\begin{equation} \hat{\mathcal{H}}= \sum_{i=1}^N \left( -\frac{\hbar}{2m} \nabla _ i^ 2 +V _ \mathrm{L}(\hat{\boldsymbol{r}} _ i) \right) + \frac{1}{2}\sum _ {i\neq j} V _ \mathrm{C}(\hat{\boldsymbol{r}} _ i- \hat{\boldsymbol{r}} _ j) \end{equation}

で記述する必要があります(多体のハミルトニアンであることを明示するため,ハミルトニアンの記号をカリグラフ体にしました).$ V _ \mathrm{L} $ は結晶を構成する格子と電子の Coulomb 相互作用(結晶の周期ポテンシャル),$ V _ \mathrm{C} $ は電子同士の Coulomb 相互作用です.

しかしこのような相互作用を含んだ多体問題は一般には解くことができません(Fermi 粒子の性質を満たすような $ N\sim 10^ {23} $ の電子の波動関数を構成する必要がありますね).

そこで,なんらかの方法で一体問題へ帰着させることが考えられます.

その一つに,他の電子からの相互作用を結晶の周期ポテンシャルへ組み込むというものがあり,ここではそれを行ったとしましょう.

するとハミルトニアンは Bloch の定理のところで述べたような一体問題の和の形

\begin{equation} \hat{\mathcal{H}}\sim \sum _ {i=1}^ N -\frac{\hbar}{2m} \nabla _ i^ 2 +V(\hat{\boldsymbol{r}} _ i) \end{equation}

になります.各電子に対する方程式になれば,一つの電子に対するハミルトニアン

\begin{equation} \hat{H}=-\frac{\hbar}{2m} \nabla^ 2 +V(\hat{\boldsymbol{r}}) \end{equation}

に対して Schrodinger 方程式を解いて,Slater 行列式を作ってやれば全体としての問題が解けたということになるわけです.

注意点として,電子同士の相互作用を結晶のポテンシャルへ組み込むと,各エネルギーの総和によって全体のエネルギーを求めた場合,相互作用を二重にカウントすることになります(いつか実例を出します).

したがって,あくまでも「もしも電子系の中のある特定の電子に着目した時に,その電子の状態は一電子状態としてどういうものか」を考えたという認識でいる必要があります.

補足

なおここで行った近似の物理的な意味は,結晶の周期ポテンシャルに着目した(クーロン相互作用に比べて周期ポテンシャルの影響が大きいこと)ということです.

これとは逆にクーロン相互作用を強調したものがジェリウムモデルです.

両方の特性を考慮したモデルが Hubbard モデルです.

(ジェリウムモデルや Hubbard モデルは多体問題のままなので,なんらかの方法で一体問題に落とす必要性は残されたままだと思います.一応,一次元 Hubbard 模型には厳密解があります)

また一電子近似を行う代表的な手法として,Hartree-Fock 近似があります(これもいつか紹介したいです).

方針:ブロック対角化

では,この(一電子近似)ハミルトニアンをどのように対角化するか(固有状態と固有値を求めるか)を考えます.

このとき強力なサポートになるのが,結晶の持つ周期性(離散的な並進対称性)です.

量子力学では対称性があると,その対称変換を生成する演算子 $ \hat{S} $ とハミルトニアンが可換になります.

線形代数の知識から,可換な演算子 $ \hat{H} $ と $ \hat{S} $ は同時対角化することができます.

これは授業などで習ったことがある内容かと思いますが,これができるとどうして嬉しいのでしょうか.

それは,以下の2点からハミルトニアンの対角化が簡単になるからです.

1 片方ずつ順に対角化を実行すると計算量が大幅に落ちる

同時対角化できる演算子の片方を対角化し,線形空間を固有空間の直和に分解 $ V = \oplus _ {i=1}^ S V_i $ します. すると,もう一方の演算子についての全体の線形空間 $ V $ 中での対角化が,それぞれの固有空間 $ V_i $ ごとに実行できるようになります. これは元の線形空間に比べて次元が少ないため,圧倒的に簡単です.

対角化の回数が増えているからどうなんだ,という疑問に対しては,対角化に必要な計算量は行列のサイズ $ M $ に対して $ M^ 3 $ であることを踏まえると, $ S \times (M/S)^ 3 = M^ 3/ S^ 2$ となり,大幅に計算量が削減できていることがわかると思います.

2 対称変換を生成する演算子 $ \hat{S} $ の固有関数はよく知られている

さらに,一般に対称操作を生成する演算子の固有関数は簡単に構成でき,これらの演算子の対角化が簡単であるということも大切なポイントです.例えば並進対称性があれば固有関数は $ \mathrm{e}^ {\mathrm{i}\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r}},\ \boldsymbol{k} \in \mathbb{R}^ 3 $ です.可換な演算子 $ \hat{S} $ の固有関数が簡単に求められなければ,結局元の演算子 $ \hat{H} $ の対角化と同じだけ難しくて意味がないということになってしまいますからね.

上記を踏まえて,同時対角化可能な演算子の対角化において, 一方の演算子についての対角化を行って,他方の演算子の固有空間を部分的に対角化することを「ブロック対角化」と呼ぶことにします.

Bloch の定理は「ハミルトニアンの離散的な並進対称性に基づくブロック対角化ができる」と主張しているだけなのです.

次回は,この点に重きをおいて Bloch の定理を証明していきたいと思います.

参考文献

固体電子の量子論 | 浅野 建一 |本 | 通販 | Amazon

はてなブログでの数式の使い方として,以下を参考にしました(この記事はこれらの練習でもあります)

はてなブログで綺麗に数式を表示する方法(MathJax覚書き) - おはやし日記

はてなブログで数式を書く - 七誌の開発日記