tsuneメモ

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量子力学を理解するには

ちょっと強すぎるタイトルですが、個人的に思っていたことを書いてみます。

大学の物理で魅惑的なものの一つが量子力学じゃないかなと思います。

Schrodingerの猫(僕のアイコンがそうですね)というキャッチーな概念もあって、名前くらいは聞いたことがあるという人が多いのかなと思います。

巷では「量子力学的生き方」みたいなものが流行っているようですね、お願いだからこんなゴミみたいな詐欺商材には搾取されないでください

 

一方で、真面目に量子力学を学び始めると

  • 粒子と波動の二重性
  • Schrodinger方程式を解くテクニック
  • 状態ベクトル、エルミート、Hilbert空間

といった話を延々とされて、結局よく分からずじまいになりがちです。

大学で6年間、曲がりなりにも物理を勉強して、今ではだいぶ頭の整理もされました。その理解を書き残しておきたいと思います。

 

想定する読者

  • 大学で量子力学を受講したが、いまいち腑に落ちなかった人
  • 量子力学に興味を持っている人

 

量子力学の理解には、大きく3つのステップがあります。

 

量子力学で扱うこと

まず量子力学で扱うのは、大雑把に言えば小さな粒子の運動学です。

小さな粒子というのは、電子、原子などをイメージしておけば良いです。

我々が日常体験するような世界では、高校物理でやったNewtonの運動方程式 F=ma によって、物体の運動は完全に決定されます。

ところが量子力学においては、このような直感が崩壊します。物体の運動はSchrodinger方程式という式で記述され、さらにこの式からわかることは

  • 物体の運動はいくつかのパターンに限られる (量子化)
  • 各パターンにおいて運動は確率的に予言される (波動関数)

ということなのです。

 

量子化

運動がいくつかのパターンに限られるとは、連続的にあらゆる状態があり得るわけではなく、離散的にしか可能な状態がないということ、すなわち運動のパターンが量子化されるということを意味します。依って以て「量子力学」という名前になります。

また、この運動の違いはエネルギーの違いも意味していて、取りうるエネルギーの値を集めてみると離散的になるということになります*1*2*3。これがエネルギー準位と呼ばれるものです。

 

波動関数

例えば電子の運動を考えようとしても、だいたいこの辺りをウロウロしているというのは分かっても、今ここにいるはずだというのは確定的に予言できない、というのが量子力学になります。

そんなの不完全じゃないかと思うかもしれませんが、現代ではこれ以上に実験と整合性の取れる理論が存在しないので、量子力学を信じるしかないのです。

 

1. 量子力学的な重ね合わせ

さらにこの確率的な運動は、別の運動パターンの確率と干渉し合います。これを量子力学的な重ね合わせと言います。

この量子力学的な重ね合わせを理解できれば、(一粒子の)量子力学を理解したと言っていいと思います。

干渉というのは古典的にも存在する現象で、波同士がぶつかりあうことを言います。例えば水面の波がぶつかると縞模様ができる、みたいなイメージですね。

 

 sites.google.com

 


www.youtube.com

 

ただ、量子力学における重ね合わせは、古典的な確率の重ね合わせとは本質的に異なります

例えばサイコロの上にコップをかぶせて机の上でクルクル動かした後、サイコロの目がいくつになっているかは確率で表されることになります。

蓋を開けるまでは、すべての目の可能性が重ね合った状態になっています。これが古典的な重ね合わせ状態ですが、言ってしまえば古典的な重ね合わせとは単なる情報の欠落にすぎないのです。

 

これと量子力学的な重ね合わせは本質的に異なります*4

この節の最初に述べたように、量子力学的な重ね合わせでは、異なる確率同士が干渉を引き起こします。その結果、古典的な直感からはかけ離れた実験結果が出現するのです。

一番わかりやすい例は、二重スリットの実験でしょう。こちらのサイトに図がいろいろ載っていてわかりやすいので、それをイメージしながら読んでみてください。

www.yamanashibank.co.jp

二つのスリット(小さな穴)をもつ壁に対して、電子のビームを放ちます。そしてスリットを抜けた先にスクリーンを用意し、電子がどこに到達したかを記録できるようにします。

はじめに、片方の穴を塞いだ状態で実験を行ってみると、スクリーン上の電子の跡はスリットを中心に広がりを持った単峰的な分布になります。もう片方についても同じです。

では、両方の穴を開けた状態で実験を行うとどうでしょうか?

古典的な直感からは、単純に2つの山が重ね合わさった形になるように思います。

しかし、実際の実験結果は縞模様になってしまいます。

これは、単純に2つの確率分布を重ねて考える古典的な重ね合わせとの違いをはっきり示しています。量子力学では上のスリットを通った確率と下のスリットを通った確率が干渉しあい、波のような縞模様を作り出すのです。

 

密度行列

この量子力学的な重ね合わせと古典的な重ね合わせを区別する記述法が、密度行列と呼ばれるものです。量子的な重ね合わせと古典的な重ね合わせの違いを理解することは、密度行列を理解することに他なりません。

量子力学では、重ね合わせを表現するために線形代数、すなわちベクトルを用います。ベクトルの足し算が重ね合わせに相当します。この方法だと、量子的な重ね合わせは記述できても、古典的な重ね合わせは記述できません。ベクトルを使った表記では、古典的な重ね合わせは確率的にベクトルを用意する、ということに対応してしまうからです*5

そこで密度行列では、状態をベクトルではなく行列で表現します。行列の非対角項で量子的な重ね合わせを表現し、対角項で古典的な重ね合わせを表現します。

私が受けた量子力学の授業では取り扱われなかったのですが、個人的には量子力学を学ぶ初期の段階で使っていくべきだと思います。人間は何かを理解しようとするとき、それが他とどう違うか比較しなければ対象物を同定できないからです。

この密度行列については、下記の本が非常にわかりやすく記述してくれています。この本では、量子力学における古典的な重ね合わせについても記述があります。これを読もうとすると、いかに線形代数が大事かということがよく分かります。

 

量子力学において、重ね合わせがどのくらい量子的かというのをコヒーレンスと呼びます。一般にコヒーレンスは時間と共に失われていき、最終的に古典的な重ね合わせになってしまうのですが、このことについては下記の本でよく記述されています。

※この本自体はかなり上級です。

 

2. 一体問題と多体問題

次のステップとして、量子力学は扱う粒子の数が1つか複数かで本質的に異なる取り扱いが必要になります。

それは「同種粒子は区別できない」という性質があるからです。

日常生活においては、例えば全く同じ形状のボールを2つ持ってきたとしても、こちらがボールA、こちらがボールBのように区別がつきます。

しかし、量子力学の世界ではこのようなことが不可能であると考えないと実験事実に反してしまうことが示されてしまったのです。

このことは「2つの粒子を入れ替えても入れ替える前の状態と区別がつかない」ということを意味します*6

この性質を上手く記述するために、複数の粒子を扱う場合には第二量子化(場の量子論)と呼ばれるものを使う必要があります。

第二量子化については数多くの方が解説を書かれていますが、個人的には下記の本の2章がベストと思います。量子状態の表記法に置換対称性をいかにして取り込むか?という点が強調されているからです。この本自体は中〜上級です。

※ 進んだ註になりますが、第二量子化法は必ずしも粒子の生成・消滅を表現するために使用するわけではありません。ある粒子の状態の変化を、元々の状態を消滅させて別の状態を生成すると考えても良く、こちらの方が記述が簡単だという理由で使用されることもあります。物性物理の場合、多くがこの使い方になります。

 

このように、量子力学では本質的に粒子の数が1つか複数かというのが重要になります。

ではそれぞれで全く別の話になるのかというと、実は繋がりがあるのです。

 

人間は無力なので、基本的に線形独立なものしか相手にできません。

複数粒子の量子力学においてもそれは同様で、粒子同士が相互作用を起こして複雑に絡み合うものを真正面から相手にすることはできないのです。

そこで、そのような相互作用を上手く分離するような近似を取り入れていくことで、相互作用をしない粒子の集まりに置き換えてしまいます。

こうなってしまえば、1つの粒子についての情報がわかれば、他の粒子も全て同じ性質になるので、人間でも取り扱えるようになります。

この1つの粒子についての情報を求めるために、1粒子の量子力学を使うことになります。

 

3. 量子統計力学

最後のステップが量子統計力学です。

実際の世界で、量子力学がどのように関わり合うかを考えようとすると「温度」という概念が重要になってきます。一粒子 → 多粒子 → 温度というのが、量子力学を学ぶ3段階のステップということになろうかと思います。

この辺りまで来るとかなり専門的な話になってくるので、難しすぎる場合は読み飛ばしてください。

温度の話は、大学の物理学で最初の方に学ぶ熱力学で登場します。熱力学は抽象的な議論が多く、ふわっとしていてつかみどころのない学問なのですが、その一般性ゆえに量子力学の世界でも通用します。大雑把に言えば、自由エネルギーの低い方が安定という世界観は量子力学でも有効なのです。

自由エネルギーとは、いわゆるエネルギーとエントロピーの両方を考慮したもので、温度が高くなるとエントロピーの効果、つまりバラバラの状態の方を好むという性質になり、逆に温度が低いところでは純粋にエネルギーが低い方に集まることを好むという性質になります。

※ こちらの本の3章で、一般向けにかなり平易な説明がなされています。

 

量子力学においてこの概念を適用すると、完全にエネルギーが最低になる状態だけではなく、少しエネルギーの高い状態も混ざってくるというイメージになります。ここで重要なことは、この様々な状態の重ね合わせは、量子的な重ね合わせではないということです。

熱力学において自由エネルギー原理は、温度が一定の外部環境(熱浴。例えば空気や物体を取り付けているプレートを想像してください)とエネルギーのやり取りをした結果、その平衡状態がどうなるかを考察することで導出されます。

※ 例えば下記の本に載っています。

このことは、対象とする量子系が外部との相互作用を行っていることを意味します。すると、対象とする量子系だけを外部環境から切りとって考える際に、外部の情報を失ってしまうことになるので、情報の欠落が発生します。

初めの章で述べたように、純粋に情報の欠落によって発生する確率的な重ね合わせは古典的なものになります。もし外部の情報を完全に含めて取り扱うことができれば量子的な重ね合わせになりますが、現実問題として外部と相互作用しない系を作ることは不可能(音波(フォノン)、輻射(フォトン)で相互作用が発生してしまう)なので、このような取り扱いをせざるを得ません。

しかしこのような情報が不完全な状態であっても、自由エネルギー原理があるので状態を正しく記述することができます。これは結構、奇跡的なことだと個人的には感じます。

※ 上述した「量子情報科学入門」「量子測定と量子制御」という本に数式でこのことが示されています。

「注目する系を外部から切り取ると緩和が発生する」というのは古典力学でもある話で、摩擦や空気抵抗がまさにそうですね。今回の場合は、注目している量子系を外部環境から切り取ったために、コヒーレンスの緩和が起こってしまうという話です。この考え方は結構登場するくせに親切に述べられていたことはほとんど無かったと記憶しています。

 

では古典的な重ね合わせになってしまうのだったら、量子力学は不要なのではないかと思うかもしれませんが、最初に述べた2つの性質のもう片方、つまり可能な運動のパターンが制限される(状態が量子化される)という性質が残ります。物質の性質を理解しようとすると、本質的に持っているこの量子的な性質を取り扱うために、量子力学が必要になるのです。

 

---ここは完全に余談です---

この運動のパターンが制限されるという話を応用できる、一番身近な例は電気伝導です。物質には電気を通すもの(金属)と電気を通さないもの(絶縁体)があります。

まず、物質には大量の電子があり、一つ一つの電子が量子力学に従います。よって1つ1つの電子の運動は離散化され、エネルギーの高い運動と低い運動があり得ることになります。このとき、複数の電子全体での運動を考えると、エネルギーの低いグループ同士、高いグループ同士が集まって束になります。これがエネルギーバンドと呼ばれるもので、エネルギーの高いバンドと低いバンドの間には空白(バンドギャップ)ができます。

このバンドとして存在するエネルギー準位に電子を詰めていくわけなのですが、電子が低いバンドの中にぴったり収まってしまって動けないものが絶縁体であり、余裕がある物質が金属ということになります。

そしてこれらの中間的な性質、つまり若干余裕があるというような物質が半導体です。ここで自由エネルギー原理を思い出すと、温度のある状況下では温度が高いほどバラバラであることを好むので、温度を上げるとエネルギーの高い状態に電子が移っていくことになります。そうすると余裕のある状態にさらに余裕ができて、電子は動きやすくなります。いわゆる電子機器の熱暴走というのは、温度が変わった時に半導体の電気の流れやすさが大きく変わってしまうことに由来すると考えることができます。

このように、身近な現象も量子力学の枠組みを通して見ることで、その背景の豊かさと一般性を楽しむことができます。

 

僕が使った本

以上の点を意識しておけば、量子力学で路頭に迷うことはかなり減るのではないかと思います。

僕は大学2年生のときに初めて量子力学に触れ、さっぱり分からず、いろんな情報をあさりました。

少ないですがお世話になった本を書いておきます。

Landau, 物理学小教程 量子力学

有名なLandauの量子力学のミニバージョンです。

文庫本なので、電車とかいろんなところで読めますし、値段も安いです。

まあ相変わらずの不親切さですが、一番物理的なイメージを与えてくれた本だったような気がします。後半はこれだけでは無理だと思ったので読んでいません。

 

Griffiths, Introduction to Quantum Mechanics

イキっていた大学2年生の頃に2章くらいまで読みました。

1章の註にちょろっと、古典的重ね合わせと量子的重ね合わせの違いが書かれています。今思えばこれを覚えていたから、ある日、量子的な重ね合わせとは何かを理解できたんだと思います。

教科書としてもめちゃくちゃ親切で、2章は典型問題5パターン(自由空間、無限井戸、有限井戸の束縛、有限井戸の散乱、調和振動子)を扱っています。これでだいぶ計算に抵抗がなくなった感じがありますね。

英語もかなり平易なので読みやすいと思います。

改訂が入って対称性についての記述も追記されたようです。

 

小出昭一郎 量子力学

 

J.J.サクライ 現代の量子力学

僕はこれら2種類の本を読んだことがありませんが、授業はこれらがベースになっていたようです。

私の指導教官は、小出本は良くないと評していました。多体系の取り扱いが微妙だとか...

 

石坂 量子情報科学入門

途中で出しましたが、密度行列についてはこれがおすすめです。

また、量子力学線形代数の観点から整理するのにもとても優れていると思います。

M2のときに読みましたが、これでもう1ステージ上れた感じがありました。

 

北 統計力学から理解する超伝導

こちらも途中で出しました。第二量子化を理解するのはこれがベストです。置換対称性をここまで全面に押し出しているのはこれしかないと思います。

本の内容自体も面白くて、2つの電子の場の演算子から Cooper pair の場の演算子を作って議論するというユニークな話が載っています。物性物理の花形と言われている超伝導をいつか理解するために読みたいなと思っています。

 

*1:厳密に言えば連続的な対称性を持つ場合には連続的な値を持ちます。自由空間の場合がそうですね。

*2:エネルギーの量子化がどのくらいのスケール感なのかを表しているのが Planck定数 h です。どの本に書いてあったか忘れてしまったのですが、h が出てきたら量子力学的な効果が現れていると考えるべきだという記述があって、なるほどと思った記憶があります。

*3:状態が離散化される起源を辿ると、Schrodinger方程式という微分方程式の解が離散的であるということになります。さらに深掘りして考えてみると、そもそも微分積分が次元を「1つ」変えるという操作であり、本質的に離散的な操作であるということになるんだろうと思います。

*4:僕はそういう意味で、サイコロで波動関数の収縮を説明するのは正しくないと思っています。

*5:状態ベクトルを数学的な意味での確率変数にすれば記述できると思います。

*6:中学・高校の化学で習うPauliの排他律はこの性質からきています。